動画の台本:
日本のバンドの中には、どんどんヘヴィになっていくバンドもあります。
でも、DIR EN GREYはどこか暗い場所へ進んでいきました。
そして、気がつけば何百万人もの人たちを、その世界へ連れて行ったのです。
私がLoudnessやX Japanのような日本のロックバンドを聴き始めた頃、DIR EN GREYに偶然出会った日のことは、今でも忘れられません。
彼らを説明する一番簡単な方法は、おそらく……。
説明しないことです。
DIR EN GREYは、1990年代の日本のヴィジュアル系シーンから登場しました。
でも年月が経つにつれて、音楽はどんどんヘヴィになり、ダークになり、実験的になっていきました。
そして、どのジャンルにも簡単には当てはまらないバンドになっていったのです。
ここからが面白いところです。
DIR EN GREYは、1997年にKyo、Kaoru、Die、Shinya、Toshiyaの5人で結成されました。
でも、そのうち4人は、すでに別のバンドで一緒に活動していました。
そのバンドの名前は、La Sadie’s。
La Sadie’sが解散した後、メンバーたちはToshiyaをベースに迎えて再び集まりました。
そして、ここで私の最初の「えっ、本当に?」ポイントです。
DIR EN GREYになる前、この新しい5人は、実はDEATHMASKという名前で活動していました。
そうです。
DEATHMASKです。
幸い、誰かが考え直してくれました。
バンドはすぐに注目を集めるようになり、初期のヴィジュアル系スタイルは、とにかく強烈でした。
でも、ドラマチックな衣装や演劇的なビジュアルの下には、常に進化し続ける本格的なロックバンドがいました。
そして、ここで驚くようなつながりが出てきます。
1999年、DIR EN GREYは、なんとX JapanのYoshikiがアレンジとプロデュースを手がけた5枚のシングルをリリースしました。
そうです。
あのYoshikiです。
このつながりも、DIR EN GREYが日本でさらに大きな注目を集めるきっかけになりました。
そして同じ年に、ファーストアルバム「GAUZE」がリリースされ、大きな成功を収めました。
でも、DIR EN GREYはそこで止まりませんでした。
年月が経つにつれて、彼らの音楽はさらに攻撃的になり、実験的になり、時には本当にゾッとするようなものになっていきました。
Kyoのボーカルは、メロディアスな歌声から、絶叫、グロウル、そして「人間の喉って、どうなってるの?」と思ってしまうような声まで変化します。
そして、バンドは海外でもファンを増やしていきました。
日本の外でもツアーを行い、大きなフェスティバルに出演し、やがてアジア、ヨーロッパ、北米へと広がるファンベースを築きました。
そして、私が特に面白いと思うのがここです。
彼らは、アメリカやヨーロッパのメタルバンドのような音を作ろうとして、海外で成功したわけではありません。
彼らはDIR EN GREYになったのです。
日本らしく。
奇妙で。
暗くて。
ヘヴィで。
そして、完全に彼ら自身の音でした。
結成から30年近くが経った今も、オリジナルの5人は一緒に活動しています。
しかも、昔のヒット曲だけを演奏しているわけではありません。
12枚目のスタジオアルバム「MORTAL DOWNER」は、2026年4月にリリースされました。
そして来月、結成30周年を迎える大規模な日本ツアーが始まります。
これは本当にすごいことです。
1990年代の日本のヴィジュアル系シーンから始まり、短い間DEATHMASKと名乗り、Yoshikiと仕事をし、演劇的なロックからさらにヘヴィで実験的な音楽へ進み、それでも同じ5人でここまで歩いてきたバンド。
私がDIR EN GREYを面白いと思うのは、そこなんです。
ただヘヴィになっただけではありません。
彼らは変わり続けました。
そして、もう分かったと思ったそのたびに、また少し暗い場所へ進んでいったのです。
私はJRok Musicのテスです。
そして今、私ももう一度DIR EN GREYの世界へ戻って、最初に見逃していたものを探してみようと思います。
またね!
次のストーリーでお会いしましょう。
DIR EN GREYのアルバム「MORTAL DOWNER」(2026年)収録曲「MOBS」
